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 「よくページ刷るな」と、あいかわらず新書が厚い大塚英志の一冊をとってみた。ここのところ、東浩紀からも遠ざかっていたので。

 大塚氏がもってくるのは、「政治権力の暴走」について。でも、東氏が関心をもっているのは、政治権力そのものではなく、それを支える公的な、あるいは私的な「技術の暴走」について。二人の関心に齟齬があって、話が収束していかない。

 そもそも、その関心に対する動機についても、両氏とも義務感みたいなことをいっているけど、ちょくちょくでてくるように、啓蒙とか使命感とか、東氏の義務感はかなり信頼できなくなるところまできている。まだ憲法改正、自衛隊批判とか実際的に活動している大塚氏は信頼できなくもない。しかし、これまでの大塚氏の意義は、疑問を発すること自体にあったけれど(風雲児として)、こうしたヴァイタリティも、成果がでなければ、いつまで続くか(大塚氏にとっての成果は、若者に考えさせることだから、自費出版でもだせれば、別にいいのかもしれないが)。

 しかし、東氏が大塚氏の議論にのらないのもわからなくない。一般的には、大塚氏にはフォロワー・パトロンが少なくて、評価を裏付けるバックグラウンドがない。東氏や宮台氏であれば、議題の前提となる暗黙の了解があるが、大塚氏にはそれがない。(「東浩紀、あぁ、あの情報社会をベースにしたオタクね」、「宮台しんじ、あぁ、あのブルセラをベースにした天皇ね」)しかし、「大塚英志、あぁ、角川のマーケッティングをベースにした左翼ね」とはならない。

 なので東氏が議題に上ろうとしないのを見ていると、ある意味で、この人も一般人としての振る舞いをみにつけたのかなと、思わないでもない(大塚氏を卒業するときがきたのかと)。
 大塚氏の場合、大学の専攻(文化人類学)などから読み取っていかないと、何言っているかわからないところがあって、マスメディア的にはどうしても受けが悪く(ブルセラとかオタクとか共通ワードが欠けている)、議論できる場所はあるが、これができる素地がある場所はない。

 ここは思い切って、「おたく」を「オタク」にして、東にのっかるのも悪くないかも...

 大塚氏は、かなり力をいれて、議論をしているので申し訳なく感じるが、権力や憲法について語るよりも、だらだた消費してJavaスクリプト書いたほうが、まともな食(職)にありつける可能性が高いのも事実なんだから。[関連記事Link]



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