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 ブログを書くという段になって、改めてブログがどのようなものなのかを調べてみたが、その疑問は解消されるどころか、いっそう深くなってしまい、とても困っている。というのも、エンジン検索や、ブログランキングから、いくつかのブログを見て回ったあげく、(企業運営のブログや選挙広告のブログなど団体運営のブログ例外として)、ブログの消費のされかたが必ずしも気持ちがいいものではなく、昨今のブログ問題をさしひいても、情報媒体として健全な印象をうけない(もし、健全な情報媒体があればということだけれども)。

 ブログは、個人アーカイブの作成ツールとしては、テキストの編集・管理がしやすくて、画像アップ・リンクも簡単で、とても便利である。おまけに、アマゾンへのリンクという、家計簿機能を利用した、コンテンツのお財布管理もバッチリで、音楽ファイルや動画ファイル用として、ちょっとした個人用のサーバーとしてもつかえる。
 このような考えが強い人にとっては、ブログは必ずしもコミュニケーションツールではなく、書評のため底や、データ整理のツールとして利用しており、それはそれで、ネットの有効な活用だと思う。しかし、実際には、あまりに個人的な内容のブログをみかけたときには、たとえ記事がどれほど優れていても、気持ちのいいものではない。

 実際にブログを開設して、テキストをパブリックなものとする段階になると、どうしても読者を意識せざるをえない。普段の生活をアップしているweblogでも、普通の日記とは全然別物で、読者を意識して書いた文体(新井素子みたいな...)でかかれている。また、デザイン的なテンプレートやブログパーツ、おまけに動画サイトのリンクなどが、こうしたサービス性を助長して、ブログランキングの上位の多くは、動画サービスやMP3リンクを扱っている。当然、テキストもそれに沿う文体や内容が多く、それはそれで、ブログとしては健全だと思う。しかし、こうしたサービス精神のあるブログの多くは、ローカルなコミュニティができあがっていて、アニメ批評や、起業系ブログなどでは、出版会社の劣化マーケッティングのごとくで、サラリーマンビジネス教養講座みたいなブログなどは、どうしようもない哀愁であふれている。よく言われるように、見たいものしかみえない、視野矮小の増幅装置となっているのが実情。ある意味では、ブログの最も有効な活用法って、ソースの伝達というか、二次情報としてなのかもしれない。

 もちろん、このブログは、前者にあてはまり、言葉の練習場所として使っているのだけれども、他人に見てもらいたいという気持ちがないわけではなく、けれども、露骨になるのはイヤ、というわがままである。まぁ、ブログに限らず、言葉をパブリックにするっていうのは、ホントに難しいことだと感じたわけです。財布のなかみがないうちに、どれを買うか迷うのはバカらしいので、カウンタが3桁になってからでも、考えるのは遅くないかなぁ。
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テーマ:雑記 - ジャンル:ブログ


















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