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 来年からぼくもめでたく(かはわからないが)リーマンになる。
社会や組織に大なり小なりお世話になって、なんとか飯を食わせてもらうんだろう。
これから勤める組織はどのような仕組みで成り立っているのかを知っておくことは、何かの役立つかもしれない
(少なくとも気休めにはなる)。

そこで今回準備したのは以下の3冊。

 ■ 東京都市論 進化する都市で暮らすということ 青山やすし
 ■ 石原都政副知事ノート 青山やすし
 ■ 東京都政 佐々木信夫

 ありがたいことに、都政をあつかった一般書籍ってのは多い。横浜なんかも結構ある。地方都市の行政の本だと、こう簡単にはみつからない。といっても、これらの本の大半は「行政」ではなく「政治」の都政である。半分以上は都知事の賛否。ゴシップと政治が入り交じっているような代物である。
 それでも、これらの本を読んでみて、まず感じるのは、「公務員」より「政治家」のほうが面白そうだなぁってこと(これは自分でも意外な感想だ)。
 これまでぼくは、政治家ってのはバカで、馬の骨にもならない存在だと思っていた。しかし、そのイメージの対象は、主に国会議員にである。国政だと政治家ってのはバカにみえて(そして実際そうなんだろう)、官僚のほうが賢いってのはイメージとしても、実態としても(多分)あるんだろう。でも地方だと、議会の影響力はすごく大きいんだなぁって、思うことが最近では多い。
 例えば、東京都はいま面白そうなプロジェクトを抱えている。東京五輪、外環状道路建設、横田基地軍民共用化、羽田の国際化などなど。でも、これらの最終的な意思決定は、都知事や副知事が行うことであって、一般役員がどの程度関わることができるのかは、わからない。そもそも、石原の花道をかざるために、ぼくたちがこき使われて、都政への悪評と赤字の財務が残って(退職金大丈夫?)いるだけという最悪のケースも考えられる。地方の行政とは、まったくの部外者を4年という短期サイクルで入れ替えて、一般役人はトップがバカであれ優秀であれ、知事の意思決定に従うほかないのである。これは、キャリアとかまともに考えられる職場じゃないよね~。
 例えば、いまでは外環状の計画が勃発して、騒いでいるけれど、こんなばかでかい公共投資も基本的には知事の意思決定と、その周辺の政治的力学にゆだねられている。当たり前だけれど、こうやって考えると行政の仕事はビジネスとは遠い世界である。行政の仕事は経済の合理性で決まるものじゃなくて、さっきも言ったように、政治的にきまっちゃうから怖い。議会の票とか、住民との合意形成なんてのは、不確実性で満ち満ちていて、まともな意思決定や、それに対する批判なんて、どうしてもごった煮のものでしかない。
 公務員をスポイルするシステムっていうのは、天下りとか解雇の不在とかではなくて、権利のなさにあるんじゃないだろうか?
きみたちの上司である、係長、課長はどの程度の権利をもっていて、君の意見をどこまで上流にわたすことができるんだろう?
行政の現場からくる情報が、政治に遮られることがわかっているような状況で、きみはホントに働くことができるんだろうか。ぼくはどうなんだろう?
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リバーズ・エッジ 愛蔵版リバーズ・エッジ 愛蔵版
(2008/10/09)
岡崎京子

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 岡崎京子のリバーズエッジ。技術的には、もう決まり過ぎている。一ページ丸ごと使って、右から左にシークエンス流して、それにあわせて心情セリフを配置。マンションや工場の描写を、直線だけで構成書いて、黒でベタ塗り。

 テーマからは世紀末の雰囲気が感じられなくもない。今となっては遠い世界に感じる。それは年のせい?時代の変化?今の高校生もこんな問題に頭抱えているんだろうか?それとも、ちがう問題に悩んでいるのだろうか?
 いや、違うな。これは、外からみるため、外からしか見えないギミックなんだ。あくまで近くで起こっていて、でも実感がない。そのギミックだ。

 先輩に読ませたら、「えんこうとか、どらっぐとか通過してないわ」、「これって、主人公が巻き込まれる話を描きたかったんじゃない」って。確かに、えんこう、どらっぐ、死体、からは主人公が一番遠い位置にいる。でも、一番ストーリに巻き込まれているは主人公なんだ。映画をみるように、外からみる感覚、映画の中にはいれない感じ。みられるための瞳、みえない瞳。透明で平坦な感じ。
 でも、岡崎京子はたんたんと描く。たんたんとした戦場をたんたんと描く。ストリーに無駄な起伏をつくらない。得られない欲望に、いらいらしない。何を糧として、こんな世界を描くんだろう。


 
新教養主義宣言 (河出文庫)新教養主義宣言 (河出文庫)
(2007/04)
山形 浩生

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要するに (河出文庫)要するに (河出文庫)
(2008/02/04)
山形 浩生

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 これらの本は、雑誌のコラムを継ぎはぎした雑文集で、特定の知識をえようとして読む本じゃない。そもそも、著者は執筆活動が旺盛だけれども、何かの専門家ってわけじゃなくて、シンクタンクの実務屋であって、研究員ではない。でも、ここにはスペシャルな価値じゃなくて、もっとゼネラルな価値があって、それはぼくが欲しかったものだ(そして、もっている人はすごく少ない)。
 ぼくは、山形ヒロオがもっている、好奇心だとか、楽観性だとか、知識なんかは、これっぽちももってやしない。そして、少なくともぼくのまわりには、そんな高尚なものをもっている人はなかなかいやしない。経済ざっしのエコノミストだって、ゼミの教授だって、定型句をはいて満足顔している。彼らの話のだいたいは、社会がまわるように正しくできていて、そのために嘘をついているし、ぼくもそれに知らず知らずのうちに加担していた。
 この本は円滑な議論やコンセンサスなんかを犠牲にしてでも、正しいことを言っている、少なくとも正しいことを言おうとしている。例えば、
 「オウムやサカキバラ事件にも、すごいおもしろさがあるはずだ。ぼくには分からないけれど、いずれ、その楽しさを語ってほしい。」
ってなことを言っている。こんなセリフはなかなかでてくるもんじゃない。誰もが心の底では思っていても口にしないこと(言っちゃたらダメでしょっ)、でも誰かが言うべきことがここにはある。
 すごく自由で、楽しいものが広がっている。雑文だから、ネットと政治と財政とセックスが並列しているけれど、読み終わると、それらを階層化したり、区切ったり、繋げたりして理解したくなる。他の知識が欲しくなるようにフックがついている。知識そのものなじゃくて、知性への信頼感を取り戻してくれる本だ。





テーマ:雑記 - ジャンル:ブログ

 熱心な読書家でないかぎり、本を選ぶときに真っ先にフィルターとなるのが、出版社ではないだろうか。これは、小説の同タイトルにもあてはまるけれども、新書ではこうしたフィルターはホントによくはたらく。これはマーケッティングの問題ではあるけれども、光文社の新書は好んで手にとる人は、一体何を求めているのか、ぼくにはよくわからない。と、批判的な書き出しになってしまったものの、別にそれぞれの著者を批判するつもりはないし(チョムスキーの光文社新書もある)、JJを読む女性を毛嫌いしているわけではない。
 ただ光文社独特の、煽りにちかい書き方や突発的な問題提起は、どうも肌にあわない。ベストセラーを例に挙げれば、『下流社会』は日テレとコミの煽り商売だし、『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』は非合法商売をあたかもまっとうな経営のごとく紹介している。

 最近は、古典の復刻ビジネスにあやかろうと、古典新訳文庫をだして、『カラマーゾフ兄弟』が100万部のベストセラーで話題となっているけれども、それ以上に、ネットでは誤訳、文体歪曲での大騒ぎ。光文社古典新訳文庫をみると、中公クラシックスのありがたみを実感するね。


実は悲惨な公務員 (光文社新書 340)実は悲惨な公務員 (光文社新書 340)
(2008/03)
山本 直治

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 『実は悲惨な公務員』は、著者の職務体験をもとに、公共団体の組織制度や職の倫理について書いている。「あんまり公務員をいじめるのもよくないよ、彼には彼らなりの論理があって、叩くならその根幹の制度を叩かなきゃ」、と言っているのだけれども、そもそもこの公務員バッシングってのも、昨今の社保庁問題のように、マスコミのネタでしかないところがあって、これもその煽りでしかない。中身がカッラッポな情報ならば、別の面では役にたたなければならないということだろうか。


高学歴ワーキングプア  「フリーター生産工場」としての大学院 (光文社新書)高学歴ワーキングプア
「フリーター生産工場」としての大学院 (光文社新書)

(2007/10/16)
水月 昭道

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 もう一冊、『高学歴ワーキングプア』。こちらは、文科省のえげつないやり口・政策と、それに騙されて博士課程に進学した若者の話。切り口がすっきりしていて、データの意味するところもわかりやすくて、個人的には良書の類い。
 日本の研究水準をあげるという名目のもと、大学の主導権を学部から大学院に移行する(つまりは大学院の学生数を増加させる)大学院重点化計画が行われ始めたのが、1991年。これに伴い、大学院生進学率にあわせて、助成金が支給されるようになった。この計画は、とてもつもないスピードで進展して、東大、東工大などでは、学部生よりも大学院生が多くなっている。さすがは、文科省の実行力といいたいところだが、残念なことに、日本の研究水準が上がっているかはともかく、大学院生の正職での就職率は大幅な減少。博士の受け皿といえば、大学教授や研究職なのだけれども、こうした職種のポストがそう簡単に増えるはずもなく、しかし、一般職に就くには、少し年をくっているし、学会という世に不慣れで頭でっかちな世界になじみすぎている。
 法人化していく大学機構では、すでにえげつないビジネスがはじまっている。私立大学では、大学試験が行われる冬よりも前に、OA入試なる特例試験(学力試験はない)での入学者を増やすなど、青田買いが増えている。

 光文社だからといって、当然、全てがひどいものだとは限らない。あくまでリスクの問題なのだ。たまには、出版社フィルターをはずしてみるのも悪くないと思えた一冊だった。


 

週刊 ダイヤモンド 2008年 10/18号 [雑誌]週刊 ダイヤモンド 2008年 10/18号 [雑誌]
(2008/10/14)
不明

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 いくら年齢を重ねてみても、購買意欲っていうのは、「おまけ」に左右されてしまうものだなと感じさせられるのが、「週刊ダイヤモンド」のベストセラー通りすがり。忙しくて、メインの記事に目を通せないときでも、これだけはつい読んでしまう。軽快で、軽々しい口調には、イライラする人もいるかもしれないけれど、やはりこの言葉の選び方は絶妙。原稿用紙1枚分で、これだけのインパクトを与えるっていうのは、まさに職人技。

 コピーライターや小説家よりも、ある意味、センスが必要とされるのではないかと、思わせる文は、ユーモアと博識と、事情通が読者をかどかわせる。この、はす、にみるような態度は、けっして大人が子供に真似してほしくはないものだけれども、子供からしたら大人にはぜひ見習ってほしい余裕をもっている。

 最近では、大学生はおろか、高校生さえもが、起業を考える時代。就職前に、ビジネスについての知識を得ようと思って、ダイヤモンドを読むものの。そこにあったのは、裕福や社会に裏打ちされた自尊心など、ホントにいるの?といった、すました大人顔だった。




□引用

朝バナナダイエット朝バナナダイエット
(2008/03/01)
はまち。

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□確かに猿は痩せている
 幼稚園のちびっ子たちのおやつにバナナを持っていこうと思ったら、とても品不足でした、バナナに何かあったのですか?―――とはネットのQ&Aサイトに9月28日付で挙がった質問。そう、今ニッポン中でバナナが品薄です。
 きっかけは19日の夜にTBSが放送したダイエット特番。朝はバナナ一本と水だけなんて原料法を紹介し、それを試して効果あったのがデブタレの森公美子だったせいか、翌朝からバナナがバカ売れし始めたそうな。
この朝バナナ法、すでにいくつかの指南書があって、その最初はどうやら3月に出たこの本。6月に続編、8月には文庫版まででてて、タイミング的にTVとコミの商売臭も漂うなか、類書もあわせて70万部突破とか。バナナが売り切れゆえ、本だけ買うってワケわかんない人も多いらしい。
 「あるある大辞典」納豆ダイエット騒動も喉元過ぎればなんとやら。あたればデカいから尽きないんだよなぁ、愚衆相手のサービスって。



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