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ロック・フェスティバル (新潮新書)ロック・フェスティバル (新潮新書)
(2007/07)
西田 浩

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 もう、どの音楽きけばいいかわからない、ってのはよく聞くクリシェ。今になってはじまったわけではないけれど、ほんっとレーベルとか、音楽雑誌とか、ネットとかに情報が多くて、もう何がなんやらだ。イギリスのBBCのロック評論家たちがあくせくしてるのが目に浮かぶ。それでも毎年のごとくロックフェスでの「トリ」が決まり、それが市場でのメインストーリームの象徴だったりする。

 日本のロックフェスなんてミーハー、って先入観があったんだけど、お誘いの声がかかって初めてのサマーソニック鑑賞です。で、こんな本をとってみては、実は日本のロックフェスって歴史が浅いことに驚いてる。ふむふむ、フジロックは97年、サマーソニック00年からのはじまり。でも、やっぱりというか、日本のフェスは最初から規模も、アクターもでかかったようだから、ミーハー根性ってのはあながち外れた感覚ではないようね。一方で海外だとまちおこしみたいに、地元のプロモーターがほそぼそやっていたのが、話題になってビッグビジネスみたいなところもあるようね。ロックフェスを日本に定着させたり、それぞれのフェスで差別化を図ったりしている話を読むと、音楽ビジネス本としては、それなりに楽しめる。

 この本を読んで、スマーソニックのラインナップを見比べると、へぇーってなる。やっぱサマーソニックは都会型のフェスだけあって、ミーハー色が強い。今年は3日にしたせいか、若干集客力が悪そうなメンツもちらほらしているけれど。そんな中に、ちょっとはずしたものが面白い。Tom Tom Club,Specialsなどを若手の中に織り込んでたりしているところも、この本を読めばわかる。

 今のロックのプロモートからすると、2日目が盛り上がりどころかな。Klaxons,Css,the ting tings,the horrorsの流れは、Snoozer読者の若年層にはたまらんでしょう。ぼくはAphex twin,2many dj'sと堅実な1日目をまわりますが、ちょっとSonicStageのメンツ弱いかな。ぼくがPost Rock色で埋めるならば、今はRovo、Benevento Russo,Mercury Programが聞きたいところ。
 しかしまぁ、こりゃロックフェス聞きにいくよりも、ロックフェス開催するほうが断然おもしろそうだな。

 
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「アキシブ」?消費者なめんじゃねぇぞ、ふ*ーーっく!
っと、怒りあらわな書き出しですが、ぼくは別にマーケッティングを批判するつもりはないし、消費者を考慮しない芸術志向主義に賛同するわけでもない。音楽を不特定多数に聴いてもらいたいならば、産業として、売り方をブラッシュアップしていくべきで、魅力的なわかりやすいカテゴリをつくることは有効な方法だろう。ただ、「アキシブ」というカテゴライズによるマーケッティングは危ない気がする。

 まずは、その源流にあたる渋谷系について振り返ってみたい。渋谷系音楽は、東京FM、フジテレビ、などの広告業界を主体とした、偶発的ではあるが、高度なマーケッティングによる音楽である。当時、小沢健二、スチャダラ、安室などはポンキッキーに出演し、楽曲提供を行っており、また、東急による渋谷再開発は渋谷を若者のスポットとして、さらにはCD開発が若年層に自前のステレオをもつことを可能にした。この他にも、東京FMのJ-WAVE開局など、渋谷系音楽が生まれた要因はとても複雑だし、偶発の重なりであり、外部要因が強い。でも、渋谷系の音楽が、ただ単に広告業界による戦略によってうまれたものかといえば、そうではない。そこには、トラットリアやエスカレータなる比較的アングラだったレーベルの躍進があったし、こうした音楽に賛同する海外レーベルとのコンピレーションも多数でている。

 では、そうした渋谷系に対して、アキシブとは何のか、Wikipediaにはこう書かれている。「渋谷系を源流とした音楽性やファッション性を持つ音楽が、アニメソングやアイドル歌謡として積極的に用いられることでアキバ系への浸透がすすむ現象を、J-POPのひとつのジャンルとして再定義した造語である。」その代表として中田ヤスタカやRound Tableの名前がある。このミュージシャンを批判する訳ではないし、この人たちはともておもしろいと音をつくっていると思う。「アキシブ」がこうした音にとどまっているならば、ぼくは全然気にしないし、それはとても楽しいことだと思う。

 しかし、MOSAIC.WAVや中沢 伴行(I've)などの音が、「アキシブ」と呼ばれるようになったとき、ぼくは冒頭のように怒り狂いそうになる。こうした音は、上記のような「アキシブ」とは、一線を画している音であることはまちがいないだろう。渋谷系が、マーケッティングに支えられながらも、独自のジャンルであったのに対して、こうした音は、(ある意味では渋谷系以上に広告業界に依存しているが)完全にアンダーグラウンドな音である。もしこの手の電波ソングが、有名無名のおしゃれ(とみなされる)ミュージシャンによって引用されたときどうなるだろうか。むしろ、Wikipediaにはこう書かれる必要がでてくる。「アキバ系の渋谷系への浸透がすすむ現象」と。

 今では、多くの人が、パーヒュームのCDを買っている、少なくとも彼女たちが有名メディアに露出できるていどには。もし、例えばパーヒュームがこの手の音を引用しだしたときに、それはあたかも渋谷系がネオアコやドリームポップを引用したように、消費者は、Stereo labやDimitri from parisを探したように、MOSAIC.WAVや中沢 伴行(I've)を探して買うだろうか。

 ぼくは、かれらはこうした音をほりかえさないと思う。現在のプレス状況では、MOSAIC.WAVや中沢 伴行(I've)の音源は、アダルトゲームやアニメのサントラでないと入手しづらいからだ。そうした場合、アングラな秋葉系の音楽は、渋谷系に販売のイニシアティブをとられるだけになるだろう。言い方を変えれば、「アキシブ」は、アーティスト名とジャケットをおしゃれにして帯に「アキシブ」をかかげて、売れる棚に移行するだけ、という危険性を抱えているのである。

 つい、長文になってしまったが、そういう自体になってしまえば、ぼくはこう言うしかないだろう。「知ったこっちゃねぇや」と。





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 I radioのブログパーツを貼ったついでに、渋谷系の音楽、トラットリアとエスカレータ周辺についての記事。もしこの記事を読んで、興味をもったらぜひ聴いてください。とても和やかなネットラジオです。


WASTED TIMEWASTED TIME
(2000/10/28)
NEIL & IRAIZA

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 Neil & Iraizaの使命は、堀江氏いわく、「Shoegazerを可愛い女の子に聴かせる」ことにあるらしい。えてして妙な表現である。しかも過不足がない。Neil & Iraizaのラジオプログラム「I radio killed radio star」(BugglesのVideo killed radio starのもじり)を聴いてもらえればわかるのだけれども、堀江とチャーベは、数多のミュージシャンのなかでも、その庶民性と面白さがずばぬけていて、それだけで虜になりそうなミュージシャンである。それは楽曲にも現れていて、自由奔放でありながら、一貫した音楽理論はすごく魅力的。つまり、おもしろすぎる。唯一のヒットである「Wasted Time」では、ベースをうならせ、丸いシンセ音をちりばめ、多種の管楽器をならして、幾十もの多重録音で構成したポップミュージックである。渋谷系の代表曲といえる曲である。
 現在、堀江氏はバックで活動することが多く、チャーベはキュビでの活動が多くなっていて、それらのファンはうれしいだろうけれど、個人的には悲しすぎる。きっと、新譜を待ちこがれている人は多いだろう。売れれば、すぐしかける国内音楽産業において、これほどまでに新譜をまたせるアーティストってそうそういない。って売れていないんだけれどね。








 おざけんこと、小沢健二の名前が単独でしられはじめたのは「今夜はブギーバッグ」(1994/03/09)、「カローラⅡにのって」(1995/01/01)の頃だろう。もしあなたがその頃、若妻だったならば、「オナラで月までいけたらいいな」を思い出すかもしれない。
 ぼくは必ずしも、小沢健二からは渋谷系といった印象を受けない。好きなアルバムは「犬は吠えるがキャラバンは進む」であって、「毎日の環境学」ではない。このファーストアルバムは、とてもシンプルなロックであり、リリックも渋谷系の文脈ではない。小山田圭吾からみれば、無粋に映ったのかもしれない。でも「昨日と今日」ではじまり「ローラースケート・パーク」でおわるこのアルバムには、リリックが一貫したストーリを構成しており、それはとても力強い。
 あまり覚えていないが、このアルバムに対して、スヌーザーが「言いたいことを全て言い尽くした」というレヴューを書いていたという記憶がある。これ以降の小沢健二も素晴らしく、特に「Life」はポップミュージックの完成と絶賛されているが、何故か”ヘド”がでそうなほど、ぼくはこのファーストアルバムにとりつかれている。それが何故なのかは、とても個人的な話であるが、小沢健二の音楽の本質が青春にあるならば、まぁ個人的な事情でもこのアルバムを繰り返し聴いてもいいのかもしれない。








 カジヒデキの音楽は、まぁレヴューなんて必要なくて、好きか嫌いかで判断してもいいような量産音楽であることに違いはない。しかし、音楽性が量産的・消費的であることと、くだらないこととはあまり関係がない。きっとカジヒデキの音楽はどこにもたどり着かないだろうし、明確なフォロワーも出てこないだろう。けれども「デトロイトメタルシティ」が売れたことにちがいはない、ってそれは違うか。
 まぁ、カジヒデキを一言で表現すると「人生はくだらないけれど、女の子は可愛い」ってことだと思う。ミュージシャンが音楽にリーゾンディーテルを求めなくたって、ときめくようなハッピーな音を鳴らせることができるって。



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Press on [12 inch Analog]Press on [12 inch Analog]
(2007/10/08)
Lack Of Afro

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「Press On」  Lack of Afro
もし、アナタが検索エンジンに「Lack of Afro」と打ち込めば、たくさんの洋楽専門店のアドレスが返ってくるだろう。そう、一部の方面で売れているんです。
 Lack of Afroとは、マルチプレヤーAdam Gibsonのソロプロジェクト。イングランドの南西部エクセター出身、現在ロンドンで活動中。Small Facesの「Afterglow」をサンプリングするなど、そのモッズぶりは、ジャズ、ファンク、エレクトロニカなど幅広い音楽的嗜好をもっている。ジャケットやバンド名のキャッチーな雰囲気は、楽曲にもそのまま現れていて、ワウ・ギターやマッチョなドラムさえもが、何故かやわらかくポップにきける。
 このバンドの話題性の一つが、Arctic Monkeysの「The Sun Goes Down」のカヴァー。ハモンドオルガン(はじめて耳にする名前の楽器であるが)やワウなどのエフェクターで、あのコマ切れみたいなドライヴを、やわらかい、でも重いファンクヴァージョンにカヴァーしている。ファンクの深いリズムを壊さずない、こうしたポップなメロディーは、フロアだけでなく、リスニングとしてもモッテコイ。

□引用・リンク
http://musicase.blog117.fc2.com/blog-entry-39.html




Skimming The SkumSkimming The Skum
(2007/05/11)
レフティーズ・ソウル・コネクション

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「Skimming The Skum」 Lefties Soul Connection 

 こちらは海峡をわたって、アムステルダムのバンド。lefties soul connectionは、音楽的には、かなり粗い。無粋なヴォーカルを平気でかぶせるし、ギターのエフェクトが強いし、ドラムはドカドカ、オルガンはゴロゴロしている。DJシャドウの「Organ Donor」をカヴァーしていることからもわかるように、こちらはHip-Hopや折衷主義のDJからの評価が高い。Jazz Funkとして、洗練された音質やリズムよりも、新しさが評価されているってことかな。Medeski Martinは聴かないけれど、Benevent Russoduoは聴くといった、Jazzはだめだけれどもオルタナのジャズは好きな人は、きっと気に入る。

□引用・リンク
http://www.bounce.com/article/article.php/3469




Step It UpStep It Up
(2006/03/07)
The Bamboos

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「Set It Up」  The Bamboos
 最後に、大西洋をわたって、オーストラリアのバンド。よく、最近のディープファンクが「現在進行形」って説明されるけれども、これは世界各地で、バンドが局地発生的に、それぞれの音をもってでてきているからと思う。そんな中、The bamboosはかなり注目されている。ファーストの『Set it up』では、オーセンティックですばらしいく、セカンドの『Rawville』ではホーンセクションを加えたり、歌ものが増えている。『Rawville』は、カットで数曲しか、もっていないのだが、Alice Russelを迎えた「Bring It Home」、Kylie Audistをフィーチャーした「I Don't Wanna Stop」など、うたものがカッコイイ。Hip-Hopやソウルを大胆にとりいれているので、もし王道的なディープファンクを求めている人は少し侵食気味に感じるかもしれないが、こうしたおもしろさが、「現在進行形」っていうことなのだろう。

□引用・リンク
http://f416.sakura.ne.jp/archives/2007/08/31_2350.php


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Re:Package(初回限定盤)Re:Package(初回限定盤)
(2008/08/27)
livetune feat.初音ミク

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 理想的なアイドル(偶像)は、視聴者がうっとりする顔をもって、視聴者が喜ぶ話し方をして、視聴者の望むべき姿で、視聴者をとりこにする。アイドルは、そうした理想像を目指して、マーケッティングとしてつくられる創造物(想像物)である。こうした市場的な操作性を欠いた人物は、アイドルでなく、カリスマと呼ばれ、見たくない世界が見えないネットではカリスマは表れないが、逆に見たい世界が見えやすいネットでは、アイドルは生まれやすい。

 昔のアイドルについて、ぼくが知っていることはほとんどない。現在のアイドルについても、まぁ知っていることなんてないのだが(何しろうちにはテレビがない)、初音ミクは、ある意味、アイドルの完成形なのではないかと思う。Vocaloidで曲をつくって、初音ミクにのめり込んでいる限り、彼女は、この作曲者の想いのままで、作曲者を絶対に裏切らない。彼女は、煙草を吸って補導されたり、ファンのストーキングに悩んでベランダから飛び降りてみたり、あるいは彼女が他の男性と性交することなんて、絶対にない。液晶の前に座っていれば、見たい姿をみせてくれ、液晶の外で、彼女についての外部情報を聞くことはまずない。もし、視聴者たちが初音ミクというアイドル像に共有した情報をもてなくなり、流行から取り残されても、各視聴者にとって固有の初音ミクはきっと残るだろう。

 と、いかにも、オタク批評の的になりそうな初音ミクだけれども、初音ミクをヴァーチャルアイドルとして、批評的にみるよりも、秋葉系の音楽としてみたほうが、ずっとおもしろい。

 ぼくにとっての、秋葉系音楽の原体験は、Domitri From Pariの「ネコミミモード」で、当時はこうした、渋谷系が秋葉系をサンプリングするといったおもしろさは、シーンとしては、全くなかった。今では、Beckがゲームボーイを改造した音で、リミックスをしてみたりと、海外アーティストが、こぞってチップチューンミュージックを的にしている。もちろん、日本でも、ジャケットも音も16bitのYMCKにはじまって、パフュームや鈴木亜美などを擁する中田ヤスタカが、売れている。
 
 オルタナ世代にとっては、アンダーグラウンドの球根が、その方針を残したまま大きくなったもののリアルタイムは珍しく、すごく新鮮な気分で音楽をきける。パラパラやディスコ音楽みたいな、トランスミュージックを改編して楽しむって、ことは日本でもあったけれど、チップチューンにかけては、やはり日本がイニシアティブをもっていて、ゲームミュージックや電波ソング(広くはノイズ系も)は、ほってみると、けっこう楽しめる。熱狂の分だけ、冷めるのも早そうだけれども、とにもかくにも、音楽が共有できるって、本当に楽しいことなんだなと、フラワームーブメントやマッドチェスターをうらやましがったりする。








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